「昆虫の生殖活動」に対する作用機序

  • ニーム資材

ここではニームの効果の中でもとりわけ重要で、多くの方々が関心を持たれている
「昆虫の生殖活動」に対する作用機序について考察してみたい。

(1)AZAの昆虫の内分泌、神経分泌に及ぼす影響

昆虫のような無脊椎動物の生活史は脱皮と変態によって特徴づけられる。
つまり、脱皮ホルモン(エクジステロイド)と幼若ホルモンと呼ばれるステロイド系のホルモンが脱皮、変態を支配している。

これらの2種類のホルモンは無脊椎動物に特有のホルモンであり、無脊椎動物には広く分布している。ここで注目すべきことは、多様な生活史の展開が、化学的にはこの2種類のホルモン分子によって、統一的に制御されていることである。このホルモン系にニームの活性成分AZAが関与しているのである。昆虫の内分泌、神経分泌にどのようにAZAが影響しているかを、次の文献の内容から紹介する。

Endocrine and neuroendocrine effects of AZA in adult females of earwig Labidura riparia
by F.Sayah,et al(1997)

「メスの昆虫の内分泌、神経分泌に対するAZAの影響」は概略次のようである。

◇卵巣生育とエクジステロイドへのAZA影響

・卵黄生成(vitellogenesis)を妨げる。
・卵巣中のエクジステロイド量を減らす。
・卵巣の重さを減らす。
・しかし、血液リンパ液(体液)中の全エクジステロイド量には変化がない。
・幼若ホルモンを投入するとAZAの影響がなくなり、排卵も卵巣中のエクジステロイドの量も元にもどる。
つまり、エクジステロイド合成力にAZAは影響しない。

◇アラタ体へのAZAの影響

・細胞が変性し不活性になり、脳中のアラスタチン濃度様物質の濃度分布を乱す。
・PTTH活性を低下させるが、全体のPTTH量は変えない。
・幼若ホルモン合成が少なくなる。
・幼若ホルモンが減ることにより、神経分泌系全体に影響する。

◇以上のことから、AZAの効果は・直接的な細胞変性作用と・内分泌、神経分泌への作用との2つによって発現する。また、これらの作用と摂食阻害作用とはリンクしていない。

この研究結果を次に図解し、AZAの影響を概括してみる。

昆虫の内分泌系は、中枢神経系にある神経分泌細胞とその他の内分泌腺に分けられる。
中枢神経系でも、頭部にある神経節(脳)には、変態のホルモン制御の中心をしめる前胸腺刺激ホルモン(PTTH)やアラトトロピン(アラタ体刺激ホルモン)を分泌する神経分泌細胞が分布する。アラトスタチンはアラタ体の活動を抑える刺激ホルモンである。
PTTHやアラトトロピン(AT)、アラトスタチン(AS)は神経分泌物質で(神経ペプチドホルモン)である。アラタ体はAT,ASのホルモンの刺激により幼若ホルモンの分泌が制御されている。

AZAは図の
・アラタ体からの幼若ホルモン分泌を抑える。(ASホルモンによる負の刺激を受ける)
・前胸腺からの脱皮ホルモン、エクジステロイドの分泌を抑える。(PTTHの活性を抑える)
・図にはないが、卵巣内のエクジステロイド分泌が減ることにより卵黄形成も抑えられる。
ということになり、昆虫の排卵、幼虫の成長や脱皮、蛹化、成虫化という変態を抑えるということになる。

AZAのこの機能が発現している間(生分解されていない間)は、少なくとも昆虫(約200種類)の個体数は減少していくことになるが、AZAは神経ペプチドホルモンの血液リンパ液(体液)内での濃度分布を変えるだけで、PTTHやエクジステロイドの合成力には影響しない。
つまり、条件が満たされれば(この研究では幼若ホルモンを注入している)
再生、生殖する力は潜在していることから、昆虫種の極端な偏在はないと考える。

イラスト2

(2)植物性エクジステロイドとAZA

昆虫の脱皮等を誘導するエクジステロイド(脱皮ホルモン活性を示すステロイドでエクダイソンもその一つである)を含む植物も30種類ほどあって、これらは植物性エクダイソンと呼ばれている。植物における分布の範囲はシソ科、キブシ科、キンポウゲ科、ヒユ科、ユリ科、マキ科、イチイ科、ウラボシ科、メギ科、ツゲ科、ナス科などの15科にわたる。ニーム中のAZAは植物エクダイソンそのものではなく、エクダイソン様物質であると言われている。前述した研究結果からは脱皮阻害要因となることから負の活性物質と言える。
これらの植物エクダイソンを含む植物を昆虫が食べると、脱皮等の生理過程に直接的に必ずしも影響がでるということもないらしい。植物中での、この活性成分は昆虫体内に比して非常に多いので昆虫に対する影響が考えられるが、昆虫にも防御機構が備わっているということになる。例えば、植物性エクダイソンを多く含む桑の葉をカイコが食べても変態に差がないのである。換言すればカイコは防御機構を持っているので桑の葉を食べるとも言える。しかし、防御できない昆虫に対して、植物性エクダイソンはその生理機序を乱すことになる。エクダイソンに対する防御機構を有しているか、有していないかが、AZAつまりバイオアクトの効果発現のレベルに関係しているかも知れない。

昆虫体内のエクジステロイドの殆どは、前胸腺でコレステロールを基質として作られる。(昆虫はコレステロールを自前で生産できないので、エサである植物のステロールをコレステロールに変換して用いている)前胸腺でエクジステロイドは貯蔵されずに、PTTHが作用すると生合成が活発になり、体液中に分泌される。このエクジステロイドの生合成において、AZAはPTTHの活性を抑える。ひょっとすれば、ステロールからコレステロールへの変換反応(酸化)にもAZAは関与しているかも知れない。

(3)植物性エストロゲン

昆虫(無脊椎動物)にとっては、植物性エクジステロイドやAZAは、いわゆる、ホルモン様物質と成りうる。
ニームが世界的に注目されてきているのは、その作用が無脊椎動物の限られた種(約200種類)だけに働くこと、しかもそれが、いわゆる、人間から観た害虫を対象としていると言った「選択性の高さ」が確認されてきていることに因る。もちろん、インドを中心として長年、ニームが各方面で日常的に使われてきているという経験的、疫学的な背景無しではこの安全性は語れないのも事実である。

レイチェル・カールソンやシーア・コルボーンの研究を機にホルモン様物質が取りざたされてきている中で、私が注目しているのは「大豆の植物性ホルモン」である。

植物成分の中に脊椎動物に対するホルモン様物質が確認されており、その作用がエストロゲン作用に影響を与える物質が多いために、植物性エストロゲンと総称されている。エストロゲンとは卵巣で分泌されるホルモンで脊椎動物の成長や生殖(子宮、乳腺、体型、性格等)に大きく関与しているが、植物性エストロゲンがこの内分泌系に影響するというのである。
例えば、大豆食品中(豆腐、醤油、豆乳、もやし、味噌)にはダイゼイン、ゲニステイン、クメストロールといったエストロゲン様物質が含まれていて、その作用性が研究されている。クローバーにもクメストロールという成分が含まれていて、羊が大量に食べると不妊になるということが報告されている。
人や野生動物、家畜が持っている女性ホルモン、男性ホルモンという動物性ホルモンも、体内にあるときはその目的に沿って働くが、しかし、いったんそれが、下水や土を通って川や湖の自然環境に運ばれた時は別の生物に対してホルモン様作用を示すことがある。例えば、イギリスの多くの川ではオスの魚の体内にメスの卵黄タンパク質やその元になる物質(ビテロゲニン)が見つかっている。この原因は人や家畜の女性ホルモンである。人のホルモンは下水処理場で微生物処理されるとタンパク質がはずれてエストロゲン活性が強くなると考えられているのである。
しかし、大豆は長年、常食してきているので、ニームと同様に特別に問題を含むことは考えられない。今のところ、大豆中のゲニステインには骨を丈夫にする作用があることやガンを抑制すると言った作用が確認されているようである。
植物エストロゲンという観点に立てば、食用植物を初め、薬草、漢方等が殆ど対象となってくる。現在300種類の植物から見つかっているらしい。

(4)植物と動物の進化の関係

植物も外敵から身を守るために、生合成をくり返してきている。イチイやマキなどの針葉樹が昆虫の脱皮ホルモンあるいは脱皮ホルモン活性を持つ類似物質、つまり、植物性エクダイソンを有するのもそうした進化の結果である。昆虫類に対してだけ特異的に、作用する化学兵器を生合成することに成功したのである。
しかしながら、動物の方も進化し、それまではいなかった脊椎動物が現れることによって植物エクダイソンでは防御できず、テルペン類、アルカロイド類、ステロイド類等を合成していったのである。この過程に前述の植物エストロゲンがあるのかも知れない。つまり、脊椎動物に対する防衛手段として植物性エストロゲンが用意されたのかも知れない。

ニームに含まれる無脊椎動物に対する活性成分もこうした進化の過程で生合成されてきたのである。次に、生物の系統図とエクジステロイドが同定されている動物を示す。これらの図において、AZAが対象とするのは、脱皮ホルモン、エクジステロイドを含む無脊椎動物の内節足動物(arthopod)、環形動物、軟体動物などである。

イラスト1

(5)世界の動き

1998年10月ジュネーブで開催されたWHOの会議 the Global Collaboration for Development of Pesticides「GCDPP」のレポートには

Neem products are used against many agricultural pests and there is increasing interest in various ways of using them against vectors

とある。つまりニームは世界的に認知されたのである。

CODEXなど世界の有機農業関連機関でもニームは認められている。アメリカの農務省もニームの害虫対策等の効果についてレポートしている。

引用文献
昆虫生物学  小原 嘉明著(朝倉書店)
生活の中の化学物質  大竹 千代子著(実教出版)
子孫を残す細胞をまもれ  武田 健著(丸善)
内分泌学  川島 誠一郎著(朝倉書店)
分子進化学  宮田 隆著(講談社)
原点からの農薬論  平野 千里著(農漁村文化協会)